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「比較」というモダニズム。それまでの常識を覆した「デュラン比較建築図集」

UPDATE: 2017.02.01

「なんてマニアックな書なんだ」

そう思わず呟いてしまったDVD付きのそれは、200年以上前に発行された書物の復刻版だった。

長尾重武編集の「デュラン比較建築図集」は、古代から18世紀末までの建築物を類型別に、同一スケールで比較している。大学や図書館に携える資料にぴったりの重厚な装丁だが、一般人にとってみれば無用のように感じる。しかし、読み進めると、冒頭の「マニアック」とは異なるキーワードが浮かんでくる。
この書は現代の私たちが自然と行う「比較」と「相対化」を判断する価値観を築き上げた、革新的な書ともいえるのだ。

フランス革命期に生まれていた合理主義、近代建築の夜明け

著者のジャン・ニコラ・ルイ・デュランは、フランス革命期の建築理論家だ。ナポレオン帝政時代、科学知識の向上と軍隊内の技術者の養成を目指したエコール・ポリテクニーク(国防省所轄下の高等理工科専門学校)の建築学教授でもある。
彼は、建築をいかに規格化し、建造過程の合理化ができるかを追求していた。この合理主義は、イギリスの産業革命による工業化の潮流に乗ったように見える。しかし実のところ戦地に必要な武器の大量生産、部品交換によるメンテナンスなどの工学技術を求めた結果であった。今回復刻した「デュラン比較建築図集」(1800年)は講義用の図版として使用されていた。

本書を開いて見てみると、建築物をさらった地域はアジア、ヨーロッパ、一部エジプトと幅広い。過去にもさかのぼるため、タテ(時間)とヨコ(地域)の比較がされている。パリのノートルダム寺院から、トルコの一般的な住宅用家屋まで網羅している。現代では破損・損失している歴史的建築物の原型も、この一冊で確認できるのだ。

デュランの言葉に「建築は、実際的要求を充足すれば、必然的に美しいものとなる」とある。これは100年後に活躍するオーストリアの近代建築家オットー・ワーグナーの言葉「芸術は必要にのみ従う」に通じる考えだ。
ルーヴル美術館のような装飾だらけの新古典主義が盛り上がっていた18世紀後半。しかし一部の有識者の間では、建築が職人たちの手から離れようとしており、近代建築の夜明けが着実に近づいていた。

ヨーロッパの普遍的な価値への下剋上。相対化というモダニズム

現代と、かつての建築の違いはなにか。今住んでいる家宅と、ヴェルサイユ宮殿を比較してみてほしい。
「違いすぎるだろう」と言われるかもしれない。天使や権威者が描かれた壁画(絵画)、植物などが象られた彫刻、他金箔が張られた装飾など、一般的な住宅にないものばかりが思い浮かべられるに違いない。
かつて建築物は他の芸術作品に比べて、位がひとつ上の存在、総合芸術とされていた。絵画がそれ自体で芸術品として捉えられるのに対して、建築は、壁には絵画、柱に彫刻と芸術品をいくつも内側に保有するものだったからだ。

近代以降、建築の優位性は覆される。デュランによって壁も柱もドアも規格化され、それぞれが本来の役割・機能を取り戻した。そして建築は「人が内部で活動する」目的を果たすためのものに成り下がった。

この時代から「芸術」は、「メッセージ性や人の価値観を変えうる表現性をもつ概念」として独立する。そして「諸芸術」と分別された。
つまり彫刻品は石の塊だが、人によって魂(芸術の概念)が込められると芸術のひとつ、彫刻に変わる。例えば、百貨店三越本店のシンボル・ライオンは彫刻品だが、芸術ではなくアイコン的ポジションだろう。対してロダンの思想が込められた彫刻「考える人」は芸術品だ。

デュランが様々な建築を解体してシステム化・体系化したことで、まるでカースト制度のような無意識的な壁を瓦解できたといえる。とはいえ、この偉業はデュランひとりが成しえたわけではない。17世紀頃から人々の意識は少しずつ変わってきていたようだ。
ヨーロッパではギリシャ・ローマを手本とする古典主義が権力者たちに好まれたことで、最上の芸術様式として捉えられていた。しかし大航海時代以降、アジア、エジプトと未知の文化に出会い、人々は視野と見識を広げる。するとこれまですがっていた様式に優位性はないと判断され、古典主義はバリエーションのひとつへと落ちた。
人がクリエイトするものに、優劣はない。

常識はいつの世も更新され、新たな価値が築かれていく

洋服でも家でも手に入るものは、誰だって見栄えがいいものを選択したい。ただ、そこに実がないと単なる見栄となってしまう。
デュランによる建築のシステム化は、単に資材や装飾の効率化がゴールではなかった。それまでヨーロッパで当たり前のようにつけられていた優劣や、価値観を壊した。人々はモノの本質を見極めて、取捨選択する自由を手に入れたといえる。
これは芸術とデザインの住み分けの先駆けともなる改革ともいえるだろう。人の想いによって形作られるものか、人のために形作られるものか。

200年以上前に刊行されたこの図集は、単に当時の様子を知るだけのものではない。制作された背景から、これまで自分が当たり前のように享受していたものが、なにかをきっかけに制作されたものであることに気付く。
これからも私たちは、今の価値への疑いと確信を繰り返すことで、未来へと価値をつむいでいくのだろう。

SPEC

『デュラン比較建築図集』

『デュラン比較建築図集』
価格:57,669円

形式:大型本/頁数:65頁/出版社:玲風書房/著者名:デュラン/初版発売日:1996/01/言語:日本語

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